つもりでいったのだ。船長があわてて何かささやくと、老人はからからと笑ってちょっと首を引っ込ませながら、もう一度振り返って葉子を見た。
 その毒気なくからからと笑う声が、恐ろしく気に入ったばかりでなく、かわいて晴れ渡った秋の朝の空となんともいえない調和をしていると思いながら葉子は聞いた。そしてその老人の背中でもなでてやりたいような気になった。船は小動《こゆる》ぎもせずにアメリカ松の生《は》え茂った大島小島の間を縫って、舷側《げんそく》に来てぶつかるさざ波の音ものどかだった。そして昼近くなってちょっとした岬《みさき》をくるり[#「くるり」に傍点]と船がかわすと、やがてポート・タウンセンドに着いた。そこでは米国官憲の検査が型ばかりあるのだ。くずした崕《がけ》の土で埋め立てをして造った、桟橋まで小さな漁村で、四角な箱に窓を明けたような、生々《なまなま》しい一色のペンキで塗り立てた二三階建ての家並《やな》みが、けわしい斜面に沿うて、高く低く立ち連なって、岡の上には水上げの風車が、青空に白い羽根をゆるゆる動かしながら、かったんこっとん[#「かったんこっとん」に傍点]とのんきらしく音を立てて回ってい
前へ 次へ
全339ページ中267ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング