、田川夫妻には気が付かないように頓狂《とんきょう》な顔をちょっとして見せた。
横浜で倉地のあとに続いて船室への階子段《はしごだん》を下る時始めて嗅《か》ぎ覚えたウイスキーと葉巻とのまじり合ったような甘たるい一種の香《にお》いが、この時かすかに葉子の鼻をかすめたと思った。それをかぐと葉子の情熱のほむらが一時にあおり立てられて、人前では考えられもせぬような思いが、旋風《つむじかぜ》のごとく頭の中をこそいで通るのを覚えた。男にはそれがどんな印象を与えたかを顧みる暇もなく、田川夫妻の前ということもはばからずに、自分では醜いに違いないと思うような微笑が、覚えず葉子の眉《まゆ》の間に浮かび上がった。事務長は小むずかしい顔になって振り返りながら、
「いかがです」ともう一度田川夫妻を促した。しかし田川博士は自分の妻のおとなげないのをあわれむ物わかりのいい紳士という態度を見せて、態《てい》よく事務長にことわりをいって、夫人と一緒にそこを立ち去った。
「ちょっといらっしゃい」
田川夫妻の姿が見えなくなると、事務長はろくろく葉子を見むきもしないでこういいながら先に立った。葉子は小娘のようにいそいそと
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