す」
 事務長は虻《あぶ》に当惑した熊《くま》のような顔つきで、柄《がら》にもない謹慎を装いながらこう受け答えた。それから突然本気な表情に返って、
 「わたしも事務長であって見れば、どのお客様に対しても責任があるのだで、御迷惑になるような事はせんつもりですが」
 ここで彼は急に仮面を取り去ったようににこにこし出した。
 「そうむきになるほどの事でもないじゃありませんか。たかが早月《さつき》さんに一度か二度|愛嬌《あいきょう》をいうていただいて、それで検疫の時間が二時間から違うのですもの。いつでもここで四時間の以上もむだにせにゃならんのですて」
 田川夫人がますますせき込んで、矢継《やつ》ぎ早《ばや》にまくしかけようとするのを、事務長は事もなげに軽々とおっかぶせて、
 「それにしてからがお話はいかがです、部屋《へや》で伺いましょうか。ほかのお客様の手前もいかがです。博士《はかせ》、例のとおり狭っこい所ですが、甲板《かんぱん》ではゆっくりもできませんで、あそこでお茶でも入れましょう。早月さんあなたもいかがです」
 と笑い笑い言ってからくるりッ[#「くるりッ」に傍点]と葉子のほうに向き直って
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