となんでもなく微笑が自然に浮かび出ようとした。「けさから私はこんなに生まれ代わりました御覧なさい」といってだれにでも自分の喜びを披露《ひろう》したいような気分になっていた。検疫官の官舎の白い壁も、そのほうに向かって走って行くモーター・ボートも見る見る遠ざかって小さな箱庭のようになった時、葉子は船長室でのきょうの思い出し笑いをしながら、手欄《てすり》を離れて心あてに事務長を目で尋ねた。と、事務長は、はるか離れた船艙《せんそう》の出口に田川夫妻と鼎《かなえ》になって、何かむずかしい顔をしながら立ち話をしていた。いつもの葉子ならば三人の様子で何事が語られているかぐらいはすぐ見て取るのだが、その日はただ浮き浮きした無邪気な心ばかりが先に立って、だれにでも好意のある言葉をかけて、同じ言葉で酬《むく》いられたい衝動に駆られながら、なんの気なしにそっちに足を向けようとして、ふと気がつくと、事務長が「来てはいけない」と激しく目に物を言わせているのが覚《さと》れた。気が付いてよく見ると田川夫人の顔にはまごうかたなき悪意がひらめいていた。
 「またおせっかいだな」
 一秒の躊躇《ちゅうちょ》もなく男のよう
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