士の船室には夜おそくまで灯《ひ》がかがやいて、夫人の興ありげに高く笑う声が室外まで聞こえる事が珍しくなかった。
 葉子は田川夫人のこんな仕打ちを受けても、心の中で冷笑《あざわら》っているのみだった。すでに自分が勝ち味になっているという自覚は、葉子に反動的な寛大な心を与えて、夫人が事務長を※[#「※」は「てへんに虜」、132−2]《とりこ》にしようとしている事などはてんで問題にはしまいとした。夫人はよけいな見当違いをして、痛くもない腹を探っている、事務長がどうしたというのだ。母の胎《はら》を出るとそのままなんの訓練も受けずに育ち上がったようなぶしつけ[#「ぶしつけ」に傍点]な、動物性の勝った、どんな事をして来たのか、どんな事をするのかわからないようなたかが事務長になんの興味があるものか。あんな人間に気を引かれるくらいなら、自分はとうに喜んで木村の愛になずいているのだ。見当違いもいいかげんにするがいい。そう歯がみをしたいくらいな気分で思った。
 ある夕方葉子はいつものとおり散歩しようと甲板《かんぱん》に出て見ると、はるか遠い手欄《てすり》の所に岡がたった一人《ひとり》しょんぼりとよりかかっ
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