いをもらしながらケーク・ウォークの足つきで食堂のほうに帰って行ったに違いない。ほどもなく、
 「え、いよいよ御来迎《ごらいごう》?」
 「来たね」
 というような野卑な言葉が、ボーイらしい軽薄な調子で声高《こわだか》に取りかわされるのを葉子は聞いた。
 葉子はそんな事を耳にしながらやはり事務長の事を思っていた。「三日も食堂に出ないで閉じこもっているのに、なんという事務長だろう、一ぺんも見舞いに来ないとはあんまりひどい」こんな事を思っていた。そしてその一方では縁もゆかりもない馬のようにただ頑丈《がんじょう》な一人《ひとり》の男がなんでこう思い出されるのだろうと思っていた。
 葉子は軽いため息をついて何げなく立ち上がった。そしてまた長椅子《ながいす》に腰かける時には棚《たな》の上から事務長の名刺を持って来てながめていた。「日本郵船会社絵島丸事務長勲六等倉地三吉」と明朝《ミンチョウ》ではっきり[#「はっきり」に傍点]書いてある。葉子は片手でコーヒーをすすりながら、名刺を裏返してその裏をながめた。そしてまっ白なその裏に何か長い文句でも書いであるかのように、二重になる豊かな顎《あご》を襟《えり》
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