ざ》に身も魂も投げかけながら、涙とともにささやかれる孤※[#「※」は「たけかんむりにエにふしづくり」、98−2]の耳うちのように震えた細い言葉を、ただ「はいはい」と夢心地にうなずいてのみ込んだ甘い場面は、今の葉子とは違った人のようだった。そうかと思うと左岸の崕《がけ》の上から広瀬川《ひろせがわ》を越えて青葉山《あおばやま》をいちめんに見渡した仙台の景色がするすると開け渡った。夏の日は北国の空にもあふれ輝いて、白い礫《こいし》の河原《かわら》の間をまっさおに流れる川の中には、赤裸《あかはだか》な少年の群れが赤々とした印象を目に与えた。草を敷かんばかりに低くうずくまって、はなやかな色合いのパラソルに日をよけながら、黙って思いにふける一人《ひとり》の女――その時には彼女はどの意味からも女だった――どこまでも満足の得られない心で、だんだんと世間から埋《うず》もれて行かねばならないような境遇に押し込められようとする運命。確かに道を踏みちがえたとも思い、踏みちがえたのは、だれがさした事だと神をすらなじってみたいような思い。暗い産室も隠れてはいなかった。そこの恐ろしい沈黙の中から起こる強い快い赤児《
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