するような不愉快を感ずるので、狭苦しい寝台《バース》を取りつけたり、洗面台を据えたりしてあるその間に、窮屈に積み重ねられた小荷物を見回しながら、帯を解き始めた。化粧鏡の付いた箪笥《たんす》の上には、果物《くだもの》のかごが一つと花束が二つ載せてあった。葉子は襟前《えりまえ》をくつろげながら、だれからよこしたものかとその花束の一つを取り上げると、そのそばから厚い紙切れのようなものが出て来た。手に取って見ると、それは手札形の写真だった。まだ女学校に通っているらしい、髪を束髪《そくはつ》にした娘の半身像で、その裏には「興録さま。取り残されたる千代《ちよ》より」としてあった。そんなものを興録がしまい忘れるはずがない。わざと忘れたふうに見せて、葉子の心に好奇心なり軽い嫉妬《しっと》なりをあおり立てようとする、あまり手もとの見えすいたからくり[#「からくり」に傍点]だと思うと、葉子はさげすんだ心持ちで、犬にでもするようにぽい[#「ぽい」に傍点]とそれを床の上にほうりなげた。一人《ひとり》の旅の婦人に対して船の中の男の心がどういうふうに動いているかをその写真一枚が語り貌《がお》だった、葉子はなんとい
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