ーイに掃除するようにいいつけておきましたんです。ど、きれいになっとるかしらん」
 船員はそうつぶやきながら戸をあけて一わたり中を見回した。
 「むゝ、いいようです」
 そして道を開いて、衣嚢《かくし》から「日本郵船会社|絵島丸《えじままる》事務長勲六等|倉地三吉《くらちさんきち》」と書いた大きな名刺を出して葉子に渡しながら、
 「わたしが事務長をしとります。御用があったらなんでもどうか」
 葉子はまた黙ったままうなずいてその大きな名刺を手に受けた。そして自分の部屋《へや》ときめられたその部屋の高い閾《しきい》を越えようとすると、
 「事務長さんはそこでしたか」
 と尋ねながら田川博士がその夫人と打ち連れて廊下の中に立ち現われた。事務長が帽子を取って挨拶《あいさつ》しようとしている間に、洋装の田川夫人は葉子を目ざして、スカーツの絹ずれの音を立てながらつか[#「つか」に傍点]つかと寄って来て眼鏡《めがね》の奥から小さく光る目でじろり[#「じろり」に傍点]と見やりながら、
 「五十川さんがうわさしていらしった方はあなたね。なんとかおっしゃいましたねお名は」
 といった。この「なんとかおっしゃ
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