ように、食い荒らされた食物や、敷いたままになっている座ぶとんのきたならしく散らかった客間をまじまじと見渡した。父の書棚《しょだな》のあった部分の壁だけが四角に濃い色をしていた。そのすぐそばに西洋暦が昔のままにかけてあった。七月十六日から先ははがされずに残っていた。
 「ねえさま敷けました」
 しばらくしてから、愛子がこうかすかに隣でいった。葉子は、
 「そう御苦労さまよ」
 とまたしとやかに応《こた》えながら、貞世を抱きかかえて立ち上がろうとすると、また頭がぐらぐらッとして、おびただしい鼻血が貞世の胸の合わせ目に流れ落ちた。


    九

 底光りのする雲母色《きららいろ》の雨雲が縫い目なしにどんより[#「どんより」に傍点]と重く空いっぱいにはだかって、本牧《ほんもく》の沖合いまで東京湾の海は物すごいような草色に、小さく波の立ち騒ぐ九月二十五日の午後であった。きのうの風が凪《な》いでから、気温は急に夏らしい蒸し暑さに返って、横浜の市街は、疫病にかかって弱りきった労働者が、そぼふる雨の中にぐったりとあえいでいるように見えた。
 靴《くつ》の先で甲板《かんばん》をこつ[#「こつ」に傍点
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