等しく葉子を見誤っていた事を悔いるように見えた。なぜというと、彼らは一人《ひとり》として葉子に対して怨恨《えんこん》をいだいたり、憤怒《ふんぬ》をもらしたりするものはなかったから。そして少しひがんだ者たちは自分の愚を認めるよりも葉子を年《とし》不相当にませた女と見るほうが勝手だったから。
 それは恋によろしい若葉の六月のある夕方《ゆうがた》だった。日本橋《にほんばし》の釘店《くぎだな》にある葉子の家には七八人の若い従軍記者がまだ戦塵《せんじん》の抜けきらないようなふうをして集まって来た。十九でいながら十七にも十六にも見れば見られるような華奢《きゃしゃ》な可憐《かれん》な姿をした葉子が、慎みの中にも才走った面影《おもかげ》を見せて、二人《ふたり》の妹と共に給仕《きゅうじ》に立った。そしてしいられるままに、ケーベル博士からののしられたヴァイオリンの一手も奏《かな》でたりした。木部の全霊はただ一目《ひとめ》でこの美しい才気のみなぎりあふれた葉子の容姿に吸い込まれてしまった。葉子も不思議にこの小柄な青年に興味を感じた。そして運命は不思議ないたずらをするものだ。木部はその性格ばかりでなく、容貌《
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