日ごろは見向きもしなかった親類たちが寄り集まって来て、早月家《さつきけ》には毛の末ほども同情のない心で、早月家の善後策について、さも重大らしく勝手気ままな事を親切ごかしにしゃべり[#「しゃべり」に傍点]散らすのを聞かされた時、どうにでもなれという気になって、暴《あば》れ抜いた事が、自分にさえ悲しい思い出となって、葉子の頭の中を矢のように早くひらめき通った。葉子の顔には人に譲ってはいない自信の色が現われ始めた。
 「母の初七日《しょなぬか》の時もね、わたしはたて続けにビールを何杯飲みましたろう。なんでもびんがそこいらにごろごろころがりました。そしてしまいには何がなんだか夢中になって、宅に出入りするお医者さんの膝《ひざ》を枕《まくら》に、泣き寝入りに寝入って、夜中《よなか》をあなた二時間の余《よ》も寝続けてしまいましたわ。親類の人たちはそれを見ると一人帰り二人帰りして、相談も何もめちゃくちゃになったんですって。母の写真を前に置いといて、わたしはそんな事までする人間ですの。おあきれになったでしょうね。いやなやつでしょう。あなたのような方から御覧になったら、さぞいやな気がなさいましょうねえ」
 「えゝ」
 と古藤は目も動かさずにぶっきらぼう[#「ぶっきらぼう」に傍点]に答えた。
 「それでもあなた」
 と葉子は切《せつ》なさそうに半ば起き上がって、
 「外面《うわつら》だけで人のする事をなんとかおっしゃるのは少し残酷ですわ。……いゝえね」
 と古藤の何かいい出そうとするのをさえぎって、今度はきっ[#「きっ」に傍点]とすわり直った。
 「わたしは泣き言《ごと》をいって他人様《ひとさま》にも泣いていただこうなんて、そんな事はこれんばかりも思やしませんとも……なるならどこかに大砲《おおづつ》のような大きな力の強い人がいて、その人が真剣に怒《おこ》って、葉子のような人非人《にんぴにん》はこうしてやるぞといって、わたしを押えつけて心臓でも頭でもくだけて飛んでしまうほど折檻《せっかん》をしてくれたらと思うんですの。どの人もどの人もちゃん[#「ちゃん」に傍点]と自分を忘れないで、いいかげんに怒《おこ》ったり、いいかげんに泣いたりしているんですからねえ。なんだってこう生温《なまぬる》いんでしょう。
 義一《ぎいち》さん(葉子が古藤をこう名で呼んだのはこの時が始めてだった)あなたがけさ、心《
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