たんですけれども、わたしのほうも御承知のとおりでしょう。今度こっちに来るにつけても、それは困って、ありったけのものを払ったりして、ようやく間に合わせたくらいだったもんですから……」
 なおいおうとするのを木村は忙《せわ》しく打ち消すようにさえぎって、
 「それは充分わかっています」
 と顔を上げた拍子《ひょうし》に涙のしずくがぽたり[#「ぽたり」に傍点]と鼻の先からズボンの上に落ちたのを見た。葉子は、泣いたために妙に脹《は》れぼったく赤くなって、てらてらと光る木村の鼻の先が急に気になり出して、悪いとは知りながらも、ともするとそこへばかり目が行った。
 木村は何からどう話し出していいかわからない様子だった。
 「わたしの電報をビクトリヤで受け取ったでしょうね」
 などともてれ[#「てれ」に傍点]隠しのようにいった。葉子は受け取った覚えもないくせにいいかげんに、
 「えゝ、ありがとうございました」
 と答えておいた。そして一時《いっとき》も早くこんな息気《いき》づまるように圧迫して来る二人《ふたり》の間の心のもつれからのがれる術《すべ》はないかと思案していた。
 「今始めて事務長から聞いたんですが、あなたが病気だったといってましたが、いったいどこが悪かったんです。さぞ困ったでしょうね。そんな事とはちっとも知らずに、今が今まで、祝福された、輝くようなあなたを迎えられるとばかり思っていたんです。あなたはほんとうに試練の受けつづけというもんですね。どこでした悪いのは」
 葉子は、不用意にも女を捕えてじかづけ[#「じかづけ」に傍点]に病気の種類を聞きただす男の心の粗雑さを忌みながら、当たらずさわらず、前からあった胃病が、船の中で食物と気候との変わったために、だんだん嵩《こう》じて来て起きられなくなったようにいい繕った。木村は痛ましそうに眉《まゆ》を寄せながら聞いていた。
 葉子はもうこんな程々《ほどほど》な会話には堪《た》えきれなくなって来た。木村の顔を見るにつけて思い出される仙台《せんだい》時代や、母の死というような事にもかなり悩まされるのをつらく思った。で、話の調子を変えるためにしいていくらか快活を装って、
 「それはそうとこちらの御事業はいかが」
 と仕事とか様子とかいう代わりに、わざと事業という言葉をつかってこう尋ねた。
 木村の顔つきは見る見る変わった。そして胸のポッ
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