守られながら、すがりつくようにエホバに祈祷を捧げつつ、星の光を便《たよ》りに山坂を曲りくねって降りて行った。
 フランシスとその伴侶《なかま》との礼拝所なるポルチウンクウラの小龕《しょうがん》の灯《ともしび》が遙か下の方に見え始める坂の突角に炬火《たいまつ》を持った四人の教友がクララを待ち受けていた。今まで氷のように冷たく落着いていたクララの心は、瀕死者《ひんししゃ》がこの世に最後の執着を感ずるようにきびしく烈《はげ》しく父母や妹を思った。炬火の光に照らされてクララの眼は未練にももう一度涙でかがやいた。いい知れぬ淋しさがその若い心を襲った。
 「私のために祈って下さい」
 クララは炬火を持った四人にすすり泣きながら歎願した。四人はクララを中央に置いて黙ったままうずくまった。
 平原の平和な夜の沈黙を破って、遙か下のポルチウンクウラからは、新嫁《にいよめ》を迎うべき教友らが、心をこめて歌いつれる合唱の声が、静かにかすか[#「かすか」に傍点]におごそかに聞こえて来た。
[#地から3字上げ](一九一七、八、一五、於|碓氷峠《うすいとうげ》)



底本:「カインの末裔 クララの出家」岩波文庫
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