《ののし》られながらも、聖ダミヤノ寺院の再建勧進《さいこんかんじん》にアッシジの街に現われ出した。クララは人知れずこの乞食僧の挙動を注意していた。その頃にモントルソリ家との婚談も持上って、クララは度々自分の窓の下で夜おそく歌われる夜曲を聞くようになった。それはクララの心を躍《おど》らしときめかした。同時にクララは何物よりもこの不思議な力を恐れた。
その時分クララは著者の知れないある古い書物の中に下のような文句を見出した。
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「肉に溺《おぼ》れんとするものよ。肉は霊への誘惑なるを知らざるや。心の眼鈍きものはまず肉によりて愛に目ざむるなり。愛に目ざめてそを哺《はぐく》むものは霊に至らざればやまざるを知らざるや。されど心の眼さときものは肉に倚《よ》らずして直《ただち》に愛の隠るる所を知るなり。聖処女の肉によらずして救主《すくいぬし》を孕《はら》み給いし如《ごと》く、汝《なんじ》ら心の眼さときものは聖霊によりて諸善の胎《はら》たるべし。肉の世の広きに恐るる事|勿《なか》れ。一度恐れざれば汝らは神の恩恵によりて心の眼さとく生れたるものなることを覚《さと》るべし」
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