まいこんだ。淋しい花嫁の身じたく[#「じたく」に傍点]は静かな夜の中に淋しく終った。その中《うち》に心は段々落着いて力を得て行った。こんなに泣かれてはいよいよ家を逃れ出る時にはどうしたらいいだろうと思った床の中の心配は無用になった。沈んではいるがしゃん[#「しゃん」に傍点]と張切った心持ちになって、クララは部屋の隅の聖像の前に跪《ひざまず》いて燭火《あかり》を捧げた。そして静かに身の来《こ》し方《かた》を返り見た。
幼い時からクララにはいい現わし得ない不満足が心の底にあった。いらいらした気分はよく髪の結い方、衣服の着せ方に小言をいわせた。さんざん小言をいってから独りになると何んともいえない淋しさに襲われて、部屋の隅でただ一人半日も泣いていた記憶も甦《よみがえ》った。クララはそんな時には大好きな母の顔さえ見る事を嫌った。ましてや父の顔は野獣のように見えた。いまに誰れか来て私を助けてくれる。堂母《ドーモ》の壁画にあるような天国に連れて行ってくれるからいいとそう思った。色々な宗教画がある度に自分の行きたい所は何所《どこ》だろうと思いながら注意した。その中《うち》にクララの心の中には二つの世
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