を、もっと大胆に振舞えと、励ますように見えた。パオロは思い入ったようにクララに近づいて来た。そして仏蘭西《フランス》から輸入されたと思われる精巧な頸飾《くびかざ》りを、美しい金象眼《きんぞうがん》のしてある青銅の箱から取出して、クララの頸に巻こうとした。上品で端麗な若い青年の肉体が近寄るに従って、クララは甘い苦痛を胸に感じた。青年が近寄るなと思うとクララはもう上気して軽い瞑眩《めまい》に襲われた。胸の皮膚は擽《くすぐ》られ、肉はしまり、血は心臓から早く強く押出された。胸から下の肢体《したい》は感触を失ったかと思うほどこわばって、その存在を思う事にすら、消え入るばかりの羞恥《しゅうち》を覚えた。毛の根は汗ばんだ。その美しい暗緑の瞳《ひとみ》は、涙よりももっと輝く分泌物の中に浮き漂った。軽く開いた唇《くちびる》は熱い息気《いき》のためにかさかさに乾いた。油汗の沁《し》み出た両手は氷のように冷えて、青年を押もどそうにも、迎え抱こうにも、力を失って垂れ下った。肉体はややともすると後ろに引き倒されそうになりながら、心は遮二無二《しゃにむに》前の方に押し進もうとした。
 クララは半分気を失いながら
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