」に傍点]に勢よく立ち上って、斧《おの》を取上げた。そして馬の前に立った。馬はなつかしげに鼻先きをつき出した。仁右衛門は無表情な顔をして口をもごもごさせながら馬の眼と眼との間をおとなしく撫《な》でていたが、いきなり体を浮かすように後ろに反らして斧を振り上げたと思うと、力まかせにその眉間《みけん》に打ちこんだ。うとましい音が彼れの腹に応《こた》えて、馬は声も立てずに前膝をついて横倒しにどうと倒れた。痙攣的《けいれんてき》に後脚で蹴《け》るようなまね[#「まね」に傍点]をして、潤みを持った眼は可憐《かれん》にも何かを見詰めていた。
「やれ怖い事するでねえ、傷《いた》ましいまあ」
すすぎ物をしていた妻は、振返ってこの様を見ると、恐ろしい眼付きをしておびえるように立上りながらこういった。
「黙れってば。物いうと汝《わ》れもたたき殺されっぞ」
仁右衛門は殺人者が生き残った者を脅かすような低い皺枯《しわが》れた声でたしなめた。
嵐が急にやんだように二人の心にはかーん[#「かーん」に傍点]とした沈黙が襲って来た。仁右衛門はだらんと下げた右手に斧をぶらさげたまま、妻は雑巾《ぞうきん》のように
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