汚い布巾《ふきん》を胸の所に押しあてたまま、憚《はばか》るように顔を見合せて突立っていた。
「ここへ来《こ》う」
やがて仁右衛門は呻《うめ》くように斧を一寸《ちょっと》動かして妻を呼んだ。
彼れは妻に手伝わせて馬の皮を剥《は》ぎ始めた。生臭い匂が小屋一杯になった。厚い舌をだらりと横に出した顔だけの皮を残して、馬はやがて裸身《はだかみ》にされて藁《わら》の上に堅くなって横《よこた》わった。白い腱《すじ》と赤い肉とが無気味な縞《しま》となってそこに曝《さ》らされた。仁右衛門は皮を棒のように巻いて藁繩でしばり上げた。
それから仁右衛門のいうままに妻は小屋の中を片付けはじめた。背負えるだけは雑穀も荷造りして大小二つの荷が出来た。妻は良人《おっと》の心持ちが分るとまた長い苦しい漂浪の生活を思いやっておろおろと泣かんばかりになったが、夫の荒立った気分を怖れて涙を飲みこみ飲みこみした。仁右衛門は小屋の真中に突立って隅《すみ》から隅まで目測でもするように見廻した。二人は黙ったままでつまご[#「つまご」に傍点]をはいた。妻が風呂敷を被《かぶ》って荷を背負うと仁右衛門は後ろから助け起してやった。妻
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