な大きな巻煙草のようなものを口に銜《くわ》えて青い煙をほがらか[#「ほがらか」に傍点]に吹いていた。そこからは気息《いき》づまるような不快な匂が彼れの鼻の奥をつんつん刺戟《しげき》した。
「小作料の一文も納めないで、どの面《つら》下げて来臭《きくさ》った。来年からは魂を入れかえろ。そして辞儀の一つもする事を覚えてから出直すなら出直して来い。馬鹿」
そして部屋をゆするような高笑《たかわらい》が聞こえた。仁右衛門が自分でも分らない事を寝言のようにいうのを、始めの間は聞き直したり、補ったりしていたが、やがて場主は堪忍袋を切らしたという風にこう怒鳴《どな》ったのだ。仁右衛門は高笑いの一とくぎりごとに、たたかれるように頭をすくめていたが、辞儀もせずに夢中で立上った。彼れの顔は部屋の暑さのためと、のぼせ上ったために湯気を出さんばかり赤くなっていた。
仁右衛門はすっかり[#「すっかり」に傍点]打摧《うちくだ》かれて自分の小さな小屋に帰った。彼れには農場の空の上までも地主の頑丈《がんじょう》そうな大きな手が広がっているように思えた。雪を含んだ雲は気息《いき》苦しいまでに彼れの頭を押えつけた。「馬
前へ
次へ
全77ページ中71ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング