内されて行った。美しく着飾った女中が主人の部屋の襖《ふすま》をあけると、息気《いき》のつまるような強烈な不快な匂が彼れの鼻を強く襲った。そして部屋の中は夏のように暑かった。
 板よりも固い畳の上には所々に獣の皮が敷きつめられていて、障子《しょうじ》に近い大きな白熊の毛皮の上の盛上るような座蒲団《ざぶとん》の上に、はったん[#「はったん」に傍点]の褞袍《どてら》を着こんだ場主が、大火鉢《おおひばち》に手をかざして安座《あぐら》をかいていた。仁右衛門の姿を見るとぎろっ[#「ぎろっ」に傍点]と睨《にら》みつけた眼をそのまま床の方に振り向けた。仁右衛門は場主の一眼《ひとめ》でどやし付けられて這入る事も得せずに逡《しりご》みしていると、場主の眼がまた床の間からこっちに帰って来そうになった。仁右衛門は二度睨みつけられるのを恐れるあまりに、無器用な足どりで畳の上ににちゃっにちゃっ[#「にちゃっにちゃっ」に傍点]と音をさせながら場主の鼻先きまでのそのそ歩いて行って、出来るだけ小さく窮屈そうに坐りこんだ。
 「何しに来た」
 底力のある声にもう一度どやし付けられて、仁右衛門は思わず顔を挙げた。場主は真黒
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