は、真直《まっすぐ》な家並は廃村のように寒さの前にちぢこまって、電信柱だけが、けうとい唸《うな》りを立てていた。彼れと馬と妻とは前の通りに押黙って歩いた。歩いては時折り思い出したように立停った。立停ってはまた無意味らしく歩き出した。
 四、五町歩いたと思うと彼らはもう町はずれに来てしまっていた。道がへし折られたように曲って、その先きは、真闇《まっくら》な窪地に、急な勾配《こうばい》を取って下っていた。彼らはその突角《とっかく》まで行ってまた立停った。遙か下の方からは、うざうざするほど繁り合った濶葉樹林《かつようじゅりん》に風の這入《はい》る音の外《ほか》に、シリベシ河のかすかな水の音だけが聞こえていた。
 「聞いて見ずに」
 妻は寒さに身をふるわしながらこううめいた。
 「汝《われ》聞いて見べし」
 いきなりそこにしゃごんでしまった彼れの声は地の中からでも出て来たようだった。妻は荷をゆりあげて鼻をすすりすすり取って返した。一軒の家の戸を敲《たた》いて、ようやく松川農場のありかを教えてもらった時は、彼れの姿を見分けかねるほど遠くに来ていた。大きな声を出す事が何んとなく恐ろしかった。恐ろし
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