徒らの張っていた賭場《とば》をさして彼の足はしょう事なしに向いて行った。

   (五)

 よくこれほどあるもんだと思わせた長雨も一カ月ほど降り続いて漸《ようや》く晴れた。一足飛びに夏が来た。何時《いつ》の間に花が咲いて散ったのか、天気になって見ると林の間にある山桜も、辛夷《こぶし》も青々とした広葉になっていた。蒸風呂のような気持ちの悪い暑さが襲って来て、畑の中の雑草は作物を乗りこえて葎《むぐら》のように延びた。雨のため傷《いた》められたに相異ないと、長雨のただ一つの功徳《くどく》に農夫らのいい合った昆虫《こんちゅう》も、すさまじい勢で発生した。甘藍《キャベツ》のまわりにはえぞしろちょう[#「えぞしろちょう」に傍点]が夥《おびただ》しく飛び廻った。大豆《だいず》にはくちかきむし[#「くちかきむし」に傍点]の成虫がうざうざするほど集まった。麦類には黒穂の、馬鈴薯《ばれいしょ》にはべと[#「べと」に傍点]病の徴候が見えた。虻《あぶ》と蚋《ぶよ》とは自然の斥候《せっこう》のようにもやもやと飛び廻った。濡れたままに積重ねておいた汚れ物をかけわたした小屋の中からは、あらん限りの農夫の家族が武具
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