こざ》に坐って佐藤の妻の狂態を見つめていた。それは仁右衛門には意外の結果だった。彼れの気分は妙にかたづかないものだった。彼れは佐藤の妻の自分から突然離れたのを怒ったりおかしく思ったり惜《おし》んだりしていた。仁右衛門が取合わないので彼女はさすがに小屋の中には這入らなかった。そして皺枯《しわが》れた声でおめき叫びながら雨の中を帰って行ってしまった。仁右衛門の口の辺にはいかにも人間らしい皮肉な歪《ゆが》みが現われた。彼れは結局自分の智慧《ちえ》の足りなさを感じた。そしてままよと思っていた。
凡《すべ》ての興味が全く去ったのを彼れは覚えた。彼れは少し疲れていた。始めて本統《ほんとう》の事情を知った妻から嫉妬《しっと》がましい執拗《しつこ》い言葉でも聞いたら少しの道楽気《どうらくげ》もなく、どれほどな残虐な事でもやり兼ねないのを知ると、彼れは少し自分の心を恐れねばならなかった。彼れは妻に物をいう機会を与えないために次から次へと命令を連発した。そして晩《おそ》い昼飯をしたたか喰った。がらっと箸《はし》を措《お》くと泥だらけなびしょぬれな着物のままでまたぶらりと小屋を出た。この村に這入りこんだ博
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