屋の中では佐藤の長女が隅《すみ》の方に丸まって痛い痛いといいながらまだ泣きつづけていた。炉《ろ》を間に置いて佐藤の妻と広岡の妻とはさし向いに罵《ののし》り合《あ》っていた。佐藤の妻は安座《あぐら》をかいて長い火箸《ひばし》を右手に握っていた。広岡の妻も背に赤ん坊を背負って、早口にいい募っていた。顔を血だらけにして泥まみれになった佐藤の跡から仁右衛門が這入って来るのを見ると、佐藤の妻は訳を聞く事もせずにがたがた震える歯を噛《か》み合せて猿のように唇《くちびる》の間からむき出しながら仁右衛門の前に立ちはだかって、飛び出しそうな怒りの眼で睨《にら》みつけた。物がいえなかった。いきなり火箸を振上げた。仁右衛門は他愛もなくそれを奪い取った。噛みつこうとするのを押しのけた。そして仲裁者が一杯飲もうと勧めるのも聴かずに妻を促して自分の小屋に帰って行った。佐藤の妻は素跣《すはだし》のまま仁右衛門の背に罵詈《ばり》を浴せながら怒精《フューリー》のようについて来た。そして小屋の前に立ちはだかって、囀《さえず》るように半ば夢中で仁右衛門夫婦を罵りつづけた。
仁右衛門は押黙ったまま囲炉裡《いろり》の横座《よ
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