まざ》になった。一人は気軽く若い者の机の上から湯呑茶碗を持って来た。もう一人の男の腹がけの中からは骰子《さい》が二つ取出された。
 店の若い者が眼をさまして見ると、彼らは昂奮《こうふん》した声を押つぶしながら、無気《むき》になって勝負に耽《ふけ》っていた。若い者は一寸《ちょっと》誘惑を感じたが気を取直して、
 「困るでねえか、そうした事|店頭《みせさき》でおっ広《ぴろ》げて」
というと、
 「困ったら積荷こと探して来《こ》う」
と仁右衛門は取り合わなかった。
 昼になっても荷の回送はなかった。仁右衛門は自分からいい出しながら、面白くない勝負ばかりしていた。何方《どっち》に変るか自分でも分らないような気分が驀地《まっしぐら》に悪い方に傾いて来た。気を腐らせれば腐らすほど彼れのやま[#「やま」に傍点]は外れてしまった。彼れはくさくさしてふいと座を立った。相手が何とかいうのを振向きもせずに店を出た。雨は小休《おやみ》なく降り続けていた。昼餉《ひるげ》の煙が重く地面の上を這《は》っていた。
 彼れはむしゃくしゃ[#「むしゃくしゃ」に傍点]しながら馬力を引ぱって小屋の方に帰って行った。だらしなく
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