噂をしていた。捲《ま》き上《あ》げようとして這入り込みながら散々手を焼いて駅亭から追い立てられているような事もいった。
「お前も一番乗って儲《もう》かれや」
とその中の一人は仁右衛門をけしかけた。店の中はどんよりと暗く湿っていた。仁右衛門は暗い顔をして唾《つば》をはき捨てながら、焚火の座に割り込んで黙っていた。ぴしゃぴしゃと気疎《けうと》い草鞋《わらじ》の音を立てて、往来を通る者がたまさかにあるばかりで、この季節の賑《にぎわ》い立《だ》った様子は何処《どこ》にも見られなかった。帳場の若いものは筆を持った手を頬杖《ほおづえ》にして居眠っていた。こうして彼らは荷の来るのをぼんやりして二時間あまりも待ち暮した。聞くに堪えないような若者どもの馬鹿話も自然と陰気な気分に押えつけられて、動《やや》ともすると、沈黙と欠伸《あくび》が拡がった。
「一はたりはたらずに」
突然仁右衛門がそういって一座を見廻した。彼れはその珍らしい無邪気な微笑をほほえんでいた。一同は彼れのにこやかな顔を見ると、吸い寄せられるようになって、いう事をきかないではいられなかった。蓆《むしろ》が持ち出された。四人は車座《くる
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