上って、その間から真菰《まこも》が長く延びて出た。蝌斗《おたまじゃくし》が畑の中を泳ぎ廻ったりした。郭公《ほととぎす》が森の中で淋しく啼《な》いた。小豆《あずき》を板の上に遠くでころがすような雨の音が朝から晩まで聞えて、それが小休《おや》むと湿気を含んだ風が木でも草でも萎《しぼ》ましそうに寒く吹いた。
ある日農場主が函館《はこだて》から来て集会所で寄合うという知らせが組長から廻って来た。仁右衛門はそんな事には頓着《とんじゃく》なく朝から馬力《ばりき》をひいて市街地に出た。運送店の前にはもう二台の馬力があって、脚をつまだてるようにしょんぼり[#「しょんぼり」に傍点]と立つ輓馬《ひきうま》の鬣《たてがみ》は、幾本かの鞭《むち》を下げたように雨によれて、その先きから水滴が絶えず落ちていた。馬の背からは水蒸気が立昇った。戸を開けて中に這入《はい》ると馬車追いを内職にする若い農夫が三人土間に焚火《たきび》をしてあたっていた。馬車追いをする位の農夫は農夫の中でも冒険的な気の荒い手合だった。彼らは顔にあたる焚火のほてりを手や足を挙げて防ぎながら、長雨につけこんで村に這入って来た博徒《ばくと》の群の
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