世話役をしていた笠井は、おどかしつけるつもりで見廻りに来たのだった。彼れは固《もと》より樫《かし》の棒位の身じたくはしていたが、相手が「まだか」では口もきけないほど縮んでしまった。
「汝《わり》ゃ俺《お》らが媾曳《あいびき》の邪魔べこく気だな、俺らがする事に汝《われ》が手だしはいんねえだ。首ねっこべひんぬかれんな」
彼れの言葉はせき上る息気《いき》の間に押しひしゃげ[#「ひしゃげ」に傍点]られてがらがら[#「がらがら」に傍点]震えていた。
「そりゃ邪推じゃがなお主《ぬし》」
と笠井は口早にそこに来合せた仔細《しさい》と、丁度いい機会だから折入って頼む事がある旨をいいだした。仁右衛門は卑下して出た笠井にちょっと興味を感じて胸倉から手を離して、閾《しきい》に腰をすえた。暗闇の中でも、笠井が眼をきょとん[#「きょとん」に傍点]とさせて火傷《やけど》の方の半面を平手で撫《な》でまわしているのが想像された。そしてやがて腰を下《おろ》して、今までの慌《あわ》てかたにも似ず悠々《ゆうゆう》と煙草入《たばこいれ》を出してマッチを擦《す》った。折入って頼むといったのは小作一同の地主に対する苦情に就
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