気《いき》のつまるほど妻の口にあてがっていた。

   (三)

 から風の幾日も吹きぬいた挙句《あげく》に雲が青空をかき乱しはじめた。霙《みぞれ》と日の光とが追いつ追われつして、やがて何所《どこ》からともなく雪が降るようになった。仁右衛門の畑はそうなるまでに一部分しか耡起《すきおこ》されなかったけれども、それでも秋播《あきまき》小麦を播《ま》きつけるだけの地積は出来た。妻の勤労のお蔭《かげ》で一冬分《ひとふゆぶん》の燃料にも差支《さしつかえ》ない準備は出来た。唯《ただ》困るのは食料だった。馬の背に積んで来ただけでは幾日分の足《た》しにもならなかった。仁右衛門はある日馬を市街地に引いて行って売り飛ばした。そして麦と粟《あわ》と大豆とをかなり高い相場で買って帰らねばならなかった。馬がないので馬車追いにもなれず、彼れは居食《いぐ》いをして雪が少し硬くなるまでぼんやりと過していた。
 根雪《ねゆき》になると彼れは妻子を残して木樵《きこり》に出かけた。マッカリヌプリの麓《ふもと》の払下《はらいさげ》官林に入りこんで彼れは骨身を惜まず働いた。雪が解けかかると彼れは岩内《いわない》に出て鰊場《にし
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