れを払い落そうと試みた。しかしいくら試みても光った銀貨が落ちないのを知ると白痴《ばか》のようににったり[#「にったり」に傍点]と独笑《ひとりわら》いを漏《もら》していた。
昆布岳《こんぶだけ》の一角には夕方になるとまた一叢《ひとむら》の雲が湧いて、それを目がけて日が沈んで行った。
仁右衛門は自分の耕した畑の広さを一わたり満足そうに見やって小屋に帰った。手ばしこく鍬を洗い、馬糧を作った。そして鉢巻《はちまき》の下ににじんだ汗を袖口《そでぐち》で拭《ぬぐ》って、炊事にかかった妻に先刻の五十銭銀貨を求めた。妻がそれをわたすまでには二、三度|横面《よこつら》をなぐられねばならなかった。仁右衛門はやがてぶらり[#「ぶらり」に傍点]と小屋を出た。妻は独りで淋しく夕飯を食った。仁右衛門は一片の銀貨を腹がけの丼《どんぶり》に入れて見たり、出して見たり、親指で空に弾《はじ》き上げたりしながら市街地の方に出懸けて行った。
九時――九時といえば農場では夜更《よふ》けだ――を過ぎてから仁右衛門はいい酒機嫌で突然佐藤の戸口に現われた。佐藤の妻も晩酌に酔いしれていた。与十と鼎座《ていざ》になって三人は囲炉裡
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