、仁右衛門の小屋は前の小作から十五円で買ってあるのだから来年中に償還すべき事、作跡《さくあと》は馬耕《うまおこし》して置くべき事、亜麻は貸付地積の五分の一以上作ってはならぬ事、博奕《ばくち》をしてはならぬ事、隣保相助けねばならぬ事、豊作にも小作料は割増しをせぬ代りどんな凶作でも割引は禁ずる事、場主に直訴《じきそ》がましい事をしてはならぬ事、掠奪《りゃくだつ》農業をしてはならぬ事、それから云々、それから云々。
 仁右衛門はいわれる事がよく飲み込めはしなかったが、腹の中では糞《くそ》を喰《く》らえと思いながら、今まで働いていた畑を気にして入口から眺めていた。
 「お前は馬を持ってるくせに何んだって馬耕をしねえだ。幾日《いくんち》もなく雪になるだに」
 帳場は抽象論から実際論に切込んで行った。
 「馬はあるが、プラオがねえだ」
 仁右衛門は鼻の先きであしらった。
 「借りればいいでねえか」
 「銭子《ぜにこ》がねえかんな」
 会話はぷつんと途切《とぎ》れてしまった。帳場は二度の会見でこの野蛮人をどう取扱わねばならぬかを飲み込んだと思った。面と向って埒《らち》のあく奴ではない。うっかり女房にで
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