し」
 三人は小屋に這入《はい》った。入口の右手に寝藁《ねわら》を敷いた馬の居所と、皮板を二、三枚ならべた穀物置場があった。左の方には入口の掘立柱《ほったてばしら》から奥の掘立柱にかけて一本の丸太を土の上にわたして土間に麦藁を敷きならしたその上に、所々|蓆《むしろ》が拡《ひろ》げてあった。その真中に切られた囲炉裡にはそれでも真黒に煤《すす》けた鉄瓶《てつびん》がかかっていて、南瓜《かぼちゃ》のこびりついた欠椀《かけわん》が二つ三つころがっていた。川森は恥じ入る如《ごと》く、
 「やばっちい所で」
といいながら帳場を炉の横座《よこざ》に招じた。
 そこに妻もおずおずと這入って来て、恐る恐る頭を下げた。それを見ると仁右衛門は土間に向けてかっと唾を吐いた。馬はびくん[#「びくん」に傍点]として耳をたてたが、やがて首をのばしてその香をかいだ。
 帳場は妻のさし出す白湯《さゆ》の茶碗を受けはしたがそのまま飲まずに蓆の上に置いた。そしてむずかしい言葉で昨夜の契約書の内容をいい聞かし初めた。小作料は三年ごとに書換えの一反歩二円二十銭である事、滞納には年二割五分の利子を付する事、村税は小作に割宛てる事
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