の一隅から掘り起しはじめた。外《ほか》の小作人は野良《のら》仕事に片をつけて、今は雪囲《ゆきがこい》をしたり薪を切ったりして小屋のまわりで働いていたから、畑の中に立っているのは仁右衛門夫婦だけだった。少し高い所からは何処《どこ》までも見渡される広い平坦な耕作地の上で二人は巣に帰り損《そこ》ねた二匹の蟻《あり》のようにきりきりと働いた。果敢《はか》ない労力に句点をうって、鍬の先きが日の加減でぎらっぎらっと光った。津波のような音をたてて風のこもる霜枯れの防風林には烏《からす》もいなかった。荒れ果てた畑に見切りをつけて鮭《さけ》の漁場にでも移って行ってしまったのだろう。
昼少しまわった頃仁右衛門の畑に二人の男がやって来た。一人は昨夜事務所にいた帳場だった。今一人は仁右衛門の縁者という川森|爺《じい》さんだった。眼をしょぼしょぼさせた一徹らしい川森は仁右衛門の姿を見ると、怒ったらしい顔付をしてずかずかとその傍によって行った。
「汝《わり》ゃ辞儀一つ知らねえ奴の、何条《なんじょう》いうて俺らがには来くさらぬ。帳場さんのう知らしてくさずば、いつまでも知んようもねえだった。先ずもって小屋さ行ぐべ
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