き」に傍点]とあかざ[#「あかざ」に傍点]ととびつか[#「とびつか」に傍点]とで茫々《ぼうぼう》としていた。ひき残された大豆の殻《から》が風に吹かれて瓢軽《ひょうきん》な音を立てていた。あちこちにひょろひょろと立った白樺《しらかば》はおおかた葉をふるい落してなよなよとした白い幹が風にたわみながら光っていた。小屋の前の亜麻をこいだ所だけは、こぼれ種から生えた細い茎が青い色を見せていた。跡は小屋も畑も霜のために白茶けた鈍い狐色《きつねいろ》だった。仁右衛門の淋しい小屋からはそれでもやがて白い炊煙がかすかに漏れはじめた。屋根からともなく囲いからともなく湯気のように漏れた。
 朝食をすますと夫婦は十年も前から住み馴《な》れているように、平気な顔で畑に出かけて行った。二人は仕事の手配もきめずに働いた。しかし、冬を眼の前にひかえて何を先きにすればいいかを二人ながら本能のように知っていた。妻は、模様も分らなくなった風呂敷《ふろしき》を三角に折って露西亜《ロシア》人《じん》のように頬《ほお》かむりをして、赤坊を背中に背負いこんで、せっせと小枝や根っこを拾った。仁右衛門は一本の鍬《くわ》で四町にあまる畑
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