を見ると一寸《ちょっと》ほほえましい気分になって、
 「おっかあ、火種べあったらちょっぴり分けてくれずに」
といった。与十の妻は犬に出遇った猫のような敵意と落着《おちつ》きを以《もっ》て彼れを見た。そして見つめたままで黙っていた。
 仁右衛門は脂《やに》のつまった大きな眼を手の甲で子供らしくこすりながら、
 「俺らあすこの小屋さ来たもんだのし。乞食《ほいと》ではねえだよ」
といってにこにこした。罪のない顔になった。与十の妻は黙って小屋に引きかえしたが、真暗な小屋の中に臥乱《ねみだ》れた子供を乗りこえ乗りこえ囲炉裡《いろり》の所に行って粗朶《そだ》を一本提げて出て来た。仁右衛門は受取ると、口をふくらましてそれを吹いた。そして何か一言二言話しあって小屋の方に帰って行った。
 この日も昨夜《ゆうべ》の風は吹き落ちていなかった。空は隅《すみ》から隅《すみ》まで底気味悪く晴れ渡っていた。そのために風は地面にばかり吹いているように見えた。佐藤の畑はとにかく秋耕《あきおこし》をすましていたのに、それに隣《とな》った仁右衛門の畑は見渡す限りかまどがえし[#「かまどがえし」に傍点]とみずひき[#「みずひ
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