すこの嚊《かかあ》は子種をよそから貰《もら》ってでもいるんだろうと農場の若い者などが寄ると戯談《じょうだん》を言い合った。女房と言うのは体のがっしりした酒喰《さけぐら》いの女だった。大人数なために稼《かせ》いでも稼《かせ》いでも貧乏しているので、だらしのない汚い風はしていたが、その顔付きは割合に整っていて、不思議に男に逼《せま》る淫蕩《いんとう》な色を湛《たた》えていた。
仁右衛門がこの農場に這入《はい》った翌朝早く、与十の妻は袷《あわせ》一枚にぼろぼろの袖無《そでな》しを着て、井戸――といっても味噌樽《みそだる》を埋めたのに赤※[#金へんに繍の正字の右側、19−5]《あかさび》の浮いた上層水《うわみず》が四分目ほど溜ってる――の所でアネチョコといい慣わされた舶来の雑草の根に出来る薯《いも》を洗っていると、そこに一人の男がのそりとやって来た。六尺近い背丈《せい》を少し前こごみにして、営養の悪い土気色《つちけいろ》の顔が真直に肩の上に乗っていた。当惑した野獣のようで、同時に何所《どこ》か奸譎《わるがしこ》い大きな眼が太い眉の下でぎろぎろと光っていた。それが仁右衛門だった。彼れは与十の妻
前へ
次へ
全77ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング