る通り、定《き》まった事は定まったようにせんとならんじゃが、多い中じゃに無理もないようなものの、亜麻などを親方、ぎょうさん[#「ぎょうさん」に傍点]つけたものもあって、まこと済まん次第じゃが、無理が通れば道理もひっこみよるで、なりませんじゃもし」
仁右衛門は場規もかまわず畑の半分を亜麻にしていた。で、その言葉は彼れに対するあてこすり[#「あてこすり」に傍点]のように聞こえた。
「今日なども顔を出しよらん横道者《よこしまもの》もありますじゃで……」
仁右衛門は怒りのために耳がかァん[#「かァん」に傍点]となった。笠井はまだ何か滑らかにしゃべっていた。
場主がまだ何か訓示めいた事をいうらしかったが、やがてざわざわと人の立つ気配がした。仁右衛門は息気《いき》を殺して出て来る人々を窺《うか》がった。場主が帳場と一緒に、後から笠井に傘《かさ》をさしかけさせて出て行った。労働で若年の肉を鍛《きた》えたらしい頑丈《がんじょう》な場主の姿は、何所《どこ》か人を憚《はば》からした。仁右衛門は笠井を睨《にら》みながら見送った。やや暫《しば》らくすると場内から急にくつろいだ談笑の声が起った。そして二、三人ずつ何か談《かた》り合《あ》いながら小作者らは小屋をさして帰って行った。やや遅れて伴《つ》れもなく出て来たのは佐藤だった。小さな後姿は若々しくって青年《あんこ》のようだった。仁右衛門は木の葉のように震えながらずかずかと近づくと、突然後ろからその右の耳のあたりを殴りつけた。不意を喰《くら》って倒れんばかりによろけた佐藤は、跡も見ずに耳を押えながら、猛獣の遠吠《とおぼえ》を聞いた兎《うさぎ》のように、前に行く二、三人の方に一目散にかけ出してその人々を楯《たて》に取った。
「汝《わり》ゃ乞食《ほいと》か盗賊《ぬすっと》か畜生か。よくも汝《われ》が餓鬼どもさ教唆《しか》けて他人《ひと》の畑こと踏み荒したな。殴《う》ちのめしてくれずに。来《こ》」
仁右衛門は火の玉のようになって飛びかかった。当の二人と二、三人の留男《とめおとこ》とは毬《まり》になって赤土の泥の中をころげ廻った。折重なった人々がようやく二人を引分けた時は、佐藤は何所《どこ》かしたたか傷を負って死んだように青くなっていた。仲裁したものはかかり合いからやむなく、仁右衛門に付添って話をつけるために佐藤の小屋まで廻り道をした。小
前へ
次へ
全39ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング