まざ》になった。一人は気軽く若い者の机の上から湯呑茶碗を持って来た。もう一人の男の腹がけの中からは骰子《さい》が二つ取出された。
店の若い者が眼をさまして見ると、彼らは昂奮《こうふん》した声を押つぶしながら、無気《むき》になって勝負に耽《ふけ》っていた。若い者は一寸《ちょっと》誘惑を感じたが気を取直して、
「困るでねえか、そうした事|店頭《みせさき》でおっ広《ぴろ》げて」
というと、
「困ったら積荷こと探して来《こ》う」
と仁右衛門は取り合わなかった。
昼になっても荷の回送はなかった。仁右衛門は自分からいい出しながら、面白くない勝負ばかりしていた。何方《どっち》に変るか自分でも分らないような気分が驀地《まっしぐら》に悪い方に傾いて来た。気を腐らせれば腐らすほど彼れのやま[#「やま」に傍点]は外れてしまった。彼れはくさくさしてふいと座を立った。相手が何とかいうのを振向きもせずに店を出た。雨は小休《おやみ》なく降り続けていた。昼餉《ひるげ》の煙が重く地面の上を這《は》っていた。
彼れはむしゃくしゃ[#「むしゃくしゃ」に傍点]しながら馬力を引ぱって小屋の方に帰って行った。だらしなく降りつづける雨に草木も土もふやけ切って、空までがぽとり[#「ぽとり」に傍点]と地面の上に落ちて来そうにだらけていた。面白くない勝負をして焦立《いらだ》った仁右衛門の腹の中とは全く裏合せな煮《に》え切《き》らない景色だった。彼れは何か思い切った事をしてでも胸をすかせたく思った。丁度自分の畑の所まで来ると佐藤の年嵩《としかさ》の子供が三人学校の帰途《かえり》と見えて、荷物を斜《はす》に背中に背負って、頭からぐっしょり[#「ぐっしょり」に傍点]濡れながら、近路《ちかみち》するために畑の中を歩いていた。それを見ると仁右衛門は「待て」といって呼びとめた。振向いた子供たちは「まだか」の立っているのを見ると三人とも恐ろしさに顔の色を変えてしまった。殴りつけられる時するように腕をまげて目八分の所にやって、逃げ出す事もし得ないでいた。
「童子連《わらしづれ》は何条《なじょう》いうて他人《ひと》の畑さ踏み込んだ。百姓の餓鬼《がき》だに畑のう大事がる道知んねえだな。来《こ》う」
仁王立《におうだ》ちになって睨《にら》みすえながら彼れは怒鳴《どな》った。子供たちはもうおびえるように泣き出しながら恐《お》ず
前へ
次へ
全39ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
有島 武郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング