とも意に介せず、それは決して嘗ての如き虚栄一点張の努力でなく周囲を顧みる余裕のない一国《いつこく》な自恃《じぢ》と緘黙《かんもく》とであつた。たゞ予習復習の奮励が教室でめき/\と眼に立つ成績を挙げるのを楽しみにした。よし頭脳が明晰《めいせき》でないため迂遠《うゑん》な答へ方であつても、答へそのものの心髄は必ず的中した。
しかし、何《ど》うしためぐり合せか私には不運が続いた。ころべば糞《くそ》の上とか言ふ、この地方の譬《たと》へ通りに。初夏の赤い太陽が高い山の端《は》に傾いた夕方、私は浴場を出て手拭《てぬぐひ》をさげたまゝ寄宿舎の裏庭を横切つてゐると、青葉にかこまれたそこのテニス・コートでぽん/\ボールを打つてゐた一年生に誘ひ込まれ、私は滅多になく躁《はしや》いで産れてはじめてラケットを手にした。無論直ぐ仲間をはづれて室に戻つたが、ところで其晩雨が降り、コートに打つちやり放しになつてゐたネットとラケットとが濡《ぬ》れそびれて台なしになつた。そこで庭球部から凄《すご》い苦情が出て、さあ誰が昨日最後にラケットを握つたかを虱《しらみ》つぶしに突きつめられた果、私の不注意といふことになり、頬《
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