一郎はこれまで幾回も同じ意味のことを、千登世に不憫《ふびん》をかけて欲しいといふことを父にも妹にも書き送つたが、どうにも抽象的にしか書けない程自分自身が疚《やま》しかつた。
 生活の革命――さういふ文字が齎《もたら》す高尚な内容が圭一郎の今度の行爲の中に全然皆無だといふのではなく、寧ろさうしたものが多量に含まれてあると思ひたかつた。が、靜かに顧みて自問自答する時彼は我乍ら唾棄の思ひがされ冷汗のおのづと流れるのを覺えた。
 妻の過去を知つてからこの方、圭一郎の頭にこびりついて須臾《しゆゆ》も離れないものは「處女」を知らないといふことであつた。村に居ても東京に居ても束の間もそれが忘れられなかつた。往來で、電車の中で異性を見るたびに先づ心に映るものは容貌の如何ではなくて、處女だらうか? 處女であるまいか? といふことであつた。あはよくば、それは奇蹟的にでも闇に咲く女の中にさうした者を探し當てようとあちこちの魔窟を毎夜のやうにほつつき歩いたこともあつた、縱令《よし》、乞丐《こじき》の子であつても介意《かま》ふまい。假令《たとへ》獄衣を身に纒ふやうな恥づかしめを受けようと、レエイプしてもとまで屡
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