《こぼ》れるのであつた。
「僕出て行かう」
 圭一郎は蒲團から匍《は》ひ出たが、足がふら/\して眩暈《めまひ》を感じ昏倒しさうだつた。
 千登世《ちとせ》ははら/\し、彼の體躯《からだ》につかまつて「およしなさい。そんな無理なことなすつちや取返しがつかなくなりますよ」と言つて、圭一郎を再《ふたゝび》寢かせようとした。
「だけど、馘首《くび》になるといけないから」
 千登世は兩手を彼の肩にかけたまゝ、亂れ髮に蔽《おほ》はれた蒼白い瓜實顏《うりざねがほ》を胸のあたりに押當てて、※[#「口+穢のつくり」、第3水準1−15−21]《しやく》りあげた。「ほんたうに苦勞させるわね。すまない……」
「泣いちや駄目。これ位の苦勞が何んです!」
 斯う言つて、圭一郎は即座に千登世を抱き締め、あやすやうにゆすぶり又背中を撫でてやつた。彼女は一層深く彼の胸に顏を埋め、獅噛《しが》みつくやうにして肩で息をし乍ら猶《なほ》暫らく歔欷《すゝりなき》をつゞけた。
 冷《ひや》の牛乳を一合飮み、褞袍《どてら》の上にマントを羽織り、間借して居る森川町新坂上の煎餅屋《せんべいや》の屋根裏を出て、大學正門前から電車に乘つた
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