して「こんな辛いこつたらない、いつそ死んでしまふ!」とか「そんなにお非難《せめ》になるんなら、たつた今わたしあなたから去つて行きます!」とか、つひぞ反抗の色を見せたことのない千登世も、身に火の燃え付いたやうに狂はしく泣きわめいた。二人は毎日々々、千登世の針仕事の得意を遠去らない範圍の界隈を貸間探しに歩き廻つた。探すとなればあれだけ多い貸間もおいそれとは見當らない。圭一郎は郷里の家の大きな茅葺《かやぶき》屋根の、爐間の三十疊もあるやうなだゝつ廣い百姓家を病的に嫌つて、それを二束三文に賣り拂ひ、近代的のこ瀟洒《ざつぱり》した家に建て替へようと強請《せが》んで、その都度父をどんなに悲しませたかしれない。先々代の家が隆盛の頂にあつた時裏の欅山《けやきやま》を坊主にして普請《ふしん》したこの家の棟上式《むねあげしき》の賑ひは近所の老人達の話柄になつて今も猶ほ傳へられてゐる。「圭一郎もそないな罰當りを言や今に掘立小屋に住ふやうにならうぞ」と父は殆ど泣いて彼の不心得を諫《いさ》め窘《たしな》めた。圭一郎は現在、膝を容るる二疊敷、土鍋一つでらち[#「らち」に傍点]あけよう、その掘立小屋が血眼になつて探
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