の女が、胡散《うさん》臭くへんに邊に氣を配るやうにして小忙しくタオルを使つてゐた。はつと見るとその人には兩足の指が拇指《おやゆび》を殘して他は一本も無いのである。彼女は思はず戰慄を感じてあつ[#「あつ」に傍点]と立てかけた聲を呑んで、ぢつとその薄氣味惡い畸形の足を凝視《みつ》めてゐた、途端、その女は千登世を振り返つた。とやつぱり階下の内儀さんではないか! 刹那、内儀さんは齒を喰ひ縛り恐ろしい形相《ぎやうさう》をして、魂消《たまげ》て呆氣にとられてゐる彼女にもの[#「もの」に傍点]も言はず飛び退《の》くやうに石鹸の泡も碌々拭かないで上つてしまつた。これまで何回、千登世は内儀さんをお湯に誘つたかしれないが内儀さんは決して應じなかつたし、夏でも始終足袋を穿いて素足を見せないやうにしてゐたので、圭一郎も幾らか思ひ當るふし[#「ふし」に傍点]もあつたのであるが、兎に角、その夜は二人はおち/\睡れなかつた。果して内儀さんは翌日から圭一郎等に一言も口を利かなかつた。千登世が階下へ用達しに下りて行くと棧《さん》も毀《こは》れよとばかり手荒く障子を閉めて家鳴りのするやうな故意の咳拂ひをした。彼等は怯《お
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