と浴び乍ら、信州訛で、やれ福助が、やれ菊五郎が、などと役者の聲色《こわいろ》や身振りを眞似て、賑かな芝居の話しで持切りだつた。何を生業に暮らしてゐるのか周圍の人達にはさつぱり分らない、口數少く控へ目勝な彼等の棲家へ、折々、大屋の醫者の未亡人の一徹な老婢があたり憚《はゞか》らぬ無遠慮な權柄《けんぺい》づくな聲で縫物の催促に呶鳴り込んで來ると、裏の婆さん達は申し合せたやうにぱつたり彈んだ話しを止め、そして聲を潜めて何かこそ/\と囁き合ふのであつた。
天氣の好い日には崖上から眠りを誘ふやうな物賣りの聲が長閑《のどか》に聞えて來た。「草花や、草花や」が、「ナスの苗、キウリの苗、ヒメユリの苗」といふ聲に變つたかと思ふと瞬《またゝ》く間に、「ドジヨウはよござい、ドジヨウ」に變り、軈《やが》て初夏の新緑をこめた輝かしい爽かな空氣の波が漂うて來て、金魚賣りの聲がそちこちの路地から聞えて來た。その聲を耳にするのも悲しみの一つだ。故郷の村落を縫うてゆるやかに流れる椹野川《ふしのがは》の川畔の草土手に添つて曲り迂《くね》つた白つぽい往還に現れた、H縣の方から山を越えて遣つて來る菅笠を冠つた金魚賣りの、天秤
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