呵責《かしやく》の暴風に胴震ひを覺えるのも瞬間、自らの折檻《せつかん》につゞくものは穢惡《あいあく》な凡情に走《は》せ使はれて安時ない無明の長夜だ。自分はこの世に生れて來たことを、哀しい生存を、狂亂所爲多き斯《か》く在ることの、否定にも肯定にも、脱落を防ぐべき楔《くさび》の打ちこみどころを知らない。圭一郎は又しても、病み疲れた獸のやうな熱い息吹を吐き、鈍い目蓋を開いて光の消えた瞳を据ゑ、今更のやうに邊《あたり》を四顧するのであつた。……

「何にを今から、そんなに騷ぐんだい! まだ家も見つかりはしないのに!」
 或る日社から早目に歸つて來た圭一郎の苛々《いら/\》した尖つた聲に、千登世はひとたまりもなく竦《すく》み上つて、
「見つかり次第、何時でも引き越せるやうにと思つて……」と微かな低聲《こごゑ》で怖々言つて、蒼ざめた瓜實顏をあげて哀願するやうな眼付を彼に向け、そして片付けてゐたトランクの蓋をぱたり[#「ぱたり」に傍点]と蔽うた。
 其トランクは、彼女の養父の、今は亡くなつた相場師の彼女へ遺された唯一の形見だつた。相場師の臨終の枕元に集《つど》うた甥や姪や縁者の人たちは、相場師が息を
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