も、犬武士風情のくせしてゐて、親王樣のお首を打ち落すなど、よく/\惡業の強い人間だと思へて私も亦、焦《じ》り焦りと新しい憎しみに煽《あふ》られた。
「この入口は、腰を曲げなければ入れないな。石段になつて、底へ降りられるやうになつてゐるらしい。」と、注連《しめなは》を張つた暗い狹い入口をのぞいて、私は呟いた。
「奧は八疊ほどの廣さですね。」と、ユキも立札を讀んで言つた。
「天井からは水が落ちるだらうが、冬は、どうしてお過ごしなされたのだらう。お食事なんか何ういふ風にして差上げてゐたのだらう。」
「定めし、女の宮人が毒試《どくみ》をして差上げてゐたのでせうよ。その人は殺されなかつたのでせう?」
「あゝ、さうらしい。」
私共は猶穴藏のいぶきに吸ひつけられて、そこを立ち去りかねた。崖の上では、梢が風に鳴つてゐた。
親王のお首を捨て置いたと傳へられるところは、土牢を去る二十歩のところで、小藪の周圍には、七五三《しめ》繩《なは》が繞らしてあつた。藪の前にわづかに三四坪の平地があつて、勅宣の碑が建てられ、別に檜皮ぶきの屋根のついた白木の揚示板に墨痕うるはしく建碑の由來が書いてあつた。
明治六年
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