どうにか賊を亡ぼしたと思うたのも束の間、圖らずこゝに罪を獲るとは、何んといふ不仕合せなことであらう、日月不孝の子に照らず云々、父子義絶す云々、かう御悲嘆あらせられた。すなはち、こゝに二階堂谷の穴藏に押し籠められ給ひ、後に、淵邊某が弑し奉つたといふのである。淵邊某が白刃を提げて穴の中を窺ふと、親王は燭を焚いてお經を讀んでゐられたが、顧みて蹶起され、(貴樣、おれを殺すつもりか、大逆無道者!)と炬《たいまつ》のやうな眼光で睨まれた、臆しもせず淵邊の野郎が、そのお膝を斫《き》りつけ、御身體に馬乘りになつて咽喉を突きかけると、親王は首を縮めて刃にがくツと噛みつかれ、刀を喰ひ折られた、淵邊は貳刀《じたう》を拔いて、心臟を刺した。親王のお首は刃を喰はへたまんま眼を何時までも瞑《つむ》られなかつた……
おのれ、小癪な、憎い! と親王樣はお思ひ遊ばしたことであらうと、私も淵邊の所行が怨めしく、恐ろしく、思はず齒がみをした。
宮の御最期まで側近に奉仕してゐた、藤原保藤の女|南《みなみ》の方といふ方は、その時、さぞかし騷がれたことであらう。親王樣を庇はうにも、女の腕では庇ふ所詮もないのである。それにして
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