私は藁屋根の骨董屋に立寄り、記念にしようと思つて、堆《うづたか》い埃に埋れた棚に硯か文鎭でもないものかと、土間から爪立つて見た。
 天秤棒をかついだ草鞋ばきの魚賣りがやつて來る。籠の中でぴち/\跳ねてゐる小魚を、百姓家の婆さんが目笊をかかへて出て道端で買つてゐる。
「安いんですね、まるで棄てるやうな値ですもの。」と、ユキは言つた。
「新鮮なもんだなあ、こんなのだと、僕も食べて見たいな。」と、平素あまり魚類を嗜まない私も羨望の眼をもつて見た。
 古風な馬車が、時々、ほこりを立てながら通つてゐる。茶屋の前まで來ると、「今日は結構なお天氣さん。」と、兵隊帽をかぶつた日に燒けた年寄りの御者が、そこの主婦に聲をかけて、また、長い鞭を尻にぴしやりと當て、ゆるり/\馬の歩をすすめて行くのであつた。
 やがて建長寺前へ辿り着いた。一昨年半僧坊の石段で、叢から蛇が飛び出た時の不吉な思ひが今だに忘られず、この度はお詣りは止した。山門の前の黒板を見て、昨日が御開帳であつたことが分つた。田舍相撲の土俵のまはりには紙屑や折詰の空箱など散らかつてゐて、賑はひの名殘を留めてゐた。
 少憩の後、コブクロ坂を越え、や
前へ 次へ
全26ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
嘉村 礒多 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング