訪うて、再び舊街道へ出た。
そして二人は鎌倉の町をさして歩き出した。一歩、かうして都會から離れ、生活から離れると、俄にがつくりと氣力がゆるみ、それに徒歩の疲勞も加はつて兎もすれば不機嫌になり勝ちの私に、ユキは流行おくれのパラソルを翳しかけるのであつた。
私は浴衣の袂から皺くちやのハンカチを出して汗を拭いた。けれど八月も殆ど終りで、東京の熱閙こそまだ喘ぐやうな暑さでも、ここまで來ると、山は深く、海は近く、冷氣がひたひたと肌に觸れて、何くれと秋の間近いことが感じられた。現に、私共の前を歩いてゐる白衣に菅笠を冠つた旅の巡禮の二人連れの老人も、語り合つてゐた。
「もう秋だね」
「さうだとも、秋だよ」
不圖、何かに驚くもののやうに私は立ち留つて、四圍の翠巒《すゐらん》にぽツと紅葉が燃え出してはゐないかしらと、見廻したりした。
街道の左右には、廢墟らしいところが多い。到るところ苔むす礎《いしずゑ》のみがのこつて、穗を吹いてゐる薄や名も知れぬ雜草に蔽はれてゐる。いはゆる骨肉相疑ひ、同族相|戮《ころ》した、仇と味方のおくつき所――何某の墓、何某の墓としるした立札が、そちこちの途の邊に見えた。
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